物理学から見る時間旅行

物理学から見る閉じた時間的曲線（CTC）：一般相対性理論が示唆する時間旅行の構造

閉じた時間的曲線（CTC）とは何か

物理学、特に一般相対性理論の世界において、時空の構造は非常に多様な可能性を秘めています。その中でも、時間旅行の議論と密接に関連するのが「閉じた時間的曲線」（Closed Timelike Curve, CTC）という概念です。CTCは、特定の時空の形状において、観測者が自身の過去の任意の一点に戻ることができるような経路を指します。これは、時間的な方向を持つ曲線（時間的曲線）でありながら、出発点と終点が同一であるという特異な性質を持っています。

一般相対性理論では、時空は質量やエネルギーの分布によって歪められます。この歪みは計量テンソルによって記述され、アインシュタイン方程式によってその進化が決定されます。時空内の経路は、その経路上の各点における速度ベクトルと計量テンソルによって、光速よりも遅い「時間的」、光速ちょうどである「光的」、光速よりも速い「空間的」な曲線に分類されます。通常の物理現象は、時間的曲線（あるいは光的曲線）に沿って進行し、時間は常に未来に向かって進むと考えられています。しかし、特定の条件下では、この時間的曲線が閉じてしまう可能性が理論的に示唆されているのです。

一般相対性理論におけるCTCの出現

CTCは、一般相対性理論のアインシュタイン方程式の特定の解として出現します。これらの解は、我々が日常的に経験する宇宙とはかけ離れた、極端な物理条件を想定している場合が多いです。CTCを含むことが知られている代表的な解としては、以下のようなものがあります。

• ゲーデル解: オーストリアの数学者クルト・ゲーデルが1949年に発表した解です。宇宙全体が一様に回転しているという仮定に基づいています。この宇宙モデルでは、ある特定の半径の外側ではCTCが存在し、過去への時間旅行が可能となります。しかし、宇宙が本当に一様に回転しているという観測的証拠はなく、この解は現実的な宇宙を記述するものではないと考えられています。
• ティプラーシリンダー: アメリカの物理学者フランク・ティプラーが1974年に提唱した解に基づいています。無限に長く、非常に密度の高い円筒が高速で回転している場合、その周囲にCTCが形成される可能性が示唆されています。しかし、この構造を実現するには非現実的な物質の量と密度が必要であり、またその安定性にも疑問が呈されています。
• カー解とワームホール: 回転するブラックホールを記述するカー解には、内部構造にCTCが存在する可能性が指摘されています。また、一般相対性理論によって許容される時空のトンネルであるワームホールも、その入り口と出口に相対的な速度差を与えるなどの操作を行うことで、CTCを生成し、時間旅行を可能にする可能性が議論されています。ただし、ワームホール自体の存在が確認されておらず、また、その開口部を安定して維持するためには「エキゾチック物質」と呼ばれる負のエネルギー密度を持つ物質が必要とされており、これもまた非現実的な要素を含んでいます。

これらの例が示すように、CTCを含む既知のアインシュタイン方程式の解は、無限に広がる宇宙、無限の長さの物体、負のエネルギーといった、現実には存在しないか、あるいは極めて実現が困難と考えられる条件に基づいています。このことから、CTCの存在は一般相対性理論が形式的には許容するものの、現実世界において物理的に実現可能かどうかは大きな疑問符がついています。

CTCと時間旅行、そして因果律

CTCの存在がなぜ時間旅行の可能性と結びつくかというと、CTC上を移動することで、未来へ進んだにも関わらず、最終的には自身の過去の出発点に戻ってくることができるからです。これにより、観測者は自身の過去の出来事に干渉する可能性が生まれます。

CTCがもたらす最も深刻な問題は、因果律、つまり原因と結果の順序が崩壊する可能性です。有名な例としては「親殺しのパラドックス」があります。もしCTCを利用して過去に戻り、自身の祖父が祖母に出会う前に祖父を殺害してしまったとしたら、自身の存在そのものが不可能になってしまいます。しかし、自身の存在が不可能であれば、過去に戻って祖父を殺害することも不可能になります。このような論理的な矛盾が生じる可能性があるのです。

この因果律の崩壊という問題に対し、物理学者の間では様々な考察がなされています。スティーブン・ホーキングによって提唱された「因果律保護コンジェクチャ」は、自然法則がどのような物理過程によってもCTCの生成を防ぎ、したがってマクロスケールでの時間旅行は不可能であるという考え方です。このコンジェクチャは証明されていませんが、多くの物理学者が経験的に正しいであろうと考えています。一方で、量子力学的な効果がCTCの存在下でのパラドックスを防ぐ可能性を示唆する研究もあります。例えば、過去に干渉しようとする試みは、量子的な揺らぎによって回避される、あるいは多世界解釈のように、パラドックスが生じるたびに新たな宇宙が分岐するといった可能性も議論されています。

まとめ

閉じた時間的曲線（CTC）は、一般相対性理論が形式的には許容する特異な時空構造であり、過去への時間旅行の可能性を理論的に示唆します。ゲーデル解やティプラーシリンダー、あるいは特定の操作を行ったワームホールなど、CTCを含むアインシュタイン方程式の解は存在しますが、これらは極めて非現実的な物理条件に基づいています。CTCの存在は因果律の崩壊という深刻な問題を引き起こす可能性があり、物理学者はその存在を否定する「因果律保護コンジェクチャ」や、量子力学的な解決策などを模索しています。

現時点の物理学の理解では、CTCが物理的に実現可能であるという強力な根拠は見つかっていません。しかし、CTCに関する研究は、時空の究極的な構造、因果律の性質、そして物理学の根本的な原理に対する我々の理解を深める上で、重要な示唆を与え続けています。時間旅行がSFの世界だけに留まるのか、それとも物理法則の範疇で許容されるのか、この問いに対する探求は今後も続いていくことでしょう。