物理学から見る時間旅行

物理学から見るゲーデル解と時間旅行:回転する宇宙モデルと閉じられた時間的曲線

Tags: ゲーデル解, 時間旅行, 一般相対性理論, 閉じた時間的曲線, 宇宙論

ゲーデル解とは何か:一般相対性理論が示す奇妙な宇宙モデル

アルベルト・アインシュタインの一般相対性理論は、重力を時空の歪みとして捉える画期的な理論です。この理論の基本的な方程式であるアインシュタイン方程式は、物質とエネルギーの分布が時空の曲率をどのように決定するかを示しています。この方程式の解は、宇宙の様々な可能性のある構造(宇宙モデル)や、ブラックホールのような局所的な重力場の記述を与えます。

有名な数学者であり論理学者であるクルト・ゲーデルは、1949年にアインシュタイン方程式の厳密解の一つを発表しました。この解は「ゲーデル解」として知られており、ある種の物質分布が存在する場合に許容される時空構造を示しています。ゲーデル解が提示する宇宙は、いくつかの非常に興味深い、そして直感に反する特徴を持っています。

ゲーデル解の物理的特徴:回転と非コンパクト性

ゲーデル解によって記述される宇宙は、以下のような物理的特徴を持ちます。

  1. 一様な物質分布: 宇宙全体にわたって物質が一様に分布していると仮定します。これは現実の宇宙の初期状態を単純化したモデルと見なせますが、現在の宇宙のように構造を持つ(銀河や銀河団が存在する)様子とは異なります。
  2. 宇宙定数の存在: アインシュタイン方程式に宇宙定数(Λ)を含めることで得られる解です。宇宙定数は時空自体が持つエネルギー密度のようなものとして解釈され、現代宇宙論では宇宙の加速膨張を説明するために導入されています。ゲーデル解では、宇宙定数が正の値をとります。
  3. 等質な回転: ゲーデル宇宙は、宇宙全体が一つの軸の周りを一様に回転しているような時空です。これは我々の観測している宇宙(非常に等方的であると考えられている)とは大きく異なる特徴です。
  4. 非コンパクトな空間: 空間的な広がりは無限大です。

これらの特徴の中で、物理学的な時間旅行の可能性と関連して特に注目されるのが、等質な回転です。この回転が、ゲーデル解に「閉じた時間的曲線(Closed Timelike Curve, CTC)」を存在させる原因となります。

閉じられた時間的曲線(CTC)の出現

一般相対性理論において、ある時空点が過去の自分自身の時空点と繋がるような経路を「閉じた時間的曲線」と呼びます。通常、私たちの宇宙では、時空上の任意の点は過去から未来へと一方的に時間の流れに沿って進みます。これは「時間の矢」の概念や、因果律(原因が結果に先行すること)が成り立つ根拠の一つです。

しかし、ゲーデル解のような特定の時空構造では、この通常の時間の流れとは異なる経路が存在し得ます。ゲーデル宇宙の強い回転によって時空が「ねじれ」、ある時点から出発した物体(あるいは観測者)が、時間の経過とともに移動し、最終的に出発した時点よりも過去の時空点に戻ってくるような経路が可能となります。これがCTCです。

CTCが存在する時空では、理論上は過去への時間旅行が可能になります。例えば、ある宇宙船がCTCに沿って一周することで、出発した時点の過去に戻り、自分自身と遭遇する、あるいは過去の出来事に干渉するといった状況が考えられます。

ゲーデル解の理論的意義と現実性

ゲーデル解は、一般相対性理論が因果律の破れ、すなわち過去への時間旅行を許容しうる厳密解を持つことを示した最初の例の一つとして、非常に重要な理論的意義を持ちます。これは、重力理論が極端な条件下で時間構造にどのような奇妙な影響を与えうるかを示す概念実証となりました。

しかし、ゲーデル解が現実の宇宙を記述しているとは考えられていません。その主な理由として以下の点が挙げられます。

そのため、ゲーデル解はあくまで一般相対性理論が許容する数学的な可能性の一つであり、現実の宇宙がこのような構造を持っている、あるいは将来的に実現可能であるという証拠ではありません。むしろ、この解の存在は、アインシュタイン方程式が因果律を自然に保証するわけではないこと、そして因果律を保持するためには何らかの物理的な機構(例えば、ホーキングの因果律保護コンジェクチャのようなもの)が必要かもしれないという議論を提起しました。

まとめ

ゲーデル解は、一般相対性理論の厳密解として、回転する宇宙モデルの中で閉じた時間的曲線、すなわち時間旅行を許容する可能性を示した理論的に重要な成果です。この解は、重力理論が時空の構造に与えうる極端な影響を示唆し、物理学における時間、因果律、そして時間旅行の可能性に関する深い議論を巻き起こしました。

しかし、ゲーデル解が現実の宇宙を記述していないこと、特に観測される宇宙の等方性や因果律の保持といった物理的な要請を満たさないことから、これはあくまで理論的な可能性に留まっています。ゲーデル解は、ワームホールや回転ブラックホール(カー解)など、他の時間旅行を巡る議論と同様に、一般相対性理論の枠組みの中で時空の奇妙な振る舞いを探求する上で不可欠な事例として、物理学の歴史にその名を刻んでいます。