物理学から見る時間旅行

タキオンと物理学:超光速粒子が時間旅行と因果律に与える影響

Tags: タキオン, 超光速, 因果律, 時間旅行, 相対性理論

タキオンとは何か:仮説上の超光速粒子

物理学における「タキオン」とは、常に光速よりも速く移動する仮説上の粒子のことです。光速を基準とする特殊相対性理論の枠組みでは、通常の物質粒子(ターディオン、光速より遅い)や光子(ラディオン、光速と等しい)とは根本的に異なる振る舞いをすると考えられています。タキオンの存在は現在まで実験的に確認されておらず、あくまで理論的な可能性として議論されています。

タキオンの最も特異な性質は、その速度が光速を下回ることが決してないという点です。特殊相対性理論によれば、粒子が速度を増すほどその質量は増加し、光速に近づくにつれて無限大に発散します。これは、質量を持つ粒子が光速に到達することが不可能であることを意味します。しかし、タキオンは最初から光速よりも速い速度で存在すると仮定されます。

タキオンの理論的背景と課題

特殊相対性理論におけるエネルギーと運動量の関係は、質量 $m$、エネルギー $E$、運動量 $p$、光速 $c$ の間に $E^2 = (pc)^2 + (mc^2)^2$ という式で与えられます。もしタキオンが存在すると仮定し、その速度が常に光速より速い場合、ローレンツ因子 $\gamma = 1/\sqrt{1 - v^2/c^2}$ は虚数となります。この式が物理的な意味を持つためには、$m$ が虚数である必要があります。すなわち、タキオンは「虚数の質量」を持つと考えられます。

虚数の質量を持つ粒子という概念は直感的ではありません。また、タキオンのエネルギーは $E = \gamma mc^2$ となりますが、虚数質量を持つ場合、エネルギーも虚数になるか、または運動量が増加するとエネルギーが減少するという奇妙な性質を持つことになります。後者の場合、タキオンはエネルギーを失うことで加速し、無限に速くなるように見えます。これは物理的に扱いの難しい不安定性を示唆しています。

量子場理論の観点からは、虚数質量は場の不安定性を示します。このような場が存在すると、その真空状態は真の最低エネルギー状態ではなく、タキオン凝縮と呼ばれる現象を経てより安定な状態へ崩壊すると考えられます。素粒子物理学におけるいくつかの理論(例えば、対称性の自発的破れに関連するヒッグス場や、弦理論における特定の状態)でタキオン様場が現れることがありますが、これらは真のタキオン粒子が存在することを示すのではなく、 theory is formulated around an unstable vacuum. That vacuum then undergoes tachyon condensation, and the physical states of the theory are fluctuations around the stable vacuum after condensation. Such particles would then be tardions or possibly massless.

タキオンと因果律の破綻

タキオンの存在が提起する最も深刻な問題は、因果律の破綻の可能性です。因果律とは、「原因は結果に必ず時間的に先行する」という物理学の基本的な原則です。もしタキオンが情報伝達に利用できるとすれば、超光速通信が可能になります。

ここで、ローレンツ変換を用いた簡単な思考実験を考えてみます。慣性系Sと、それに対して速度vで運動する慣性系S'を考えます。系Sにおいて、事象A(時刻 $t_A$、場所 $x_A$)から事象B(時刻 $t_B$、場所 $x_B$)へ超光速粒子が信号を送ったとします。つまり、$t_B > t_A$ かつ、粒子がAからBに到達するのにかかった時間 $\Delta t = t_B - t_A$ よりも、その距離 $\Delta x = x_B - x_A$ を光速で進むのにかかる時間 $\Delta x / c$ の方が短いとします(超光速条件)。

このとき、系S'から見ると、事象AとBの時刻 $t_A'$ と $t_B'$ はローレンツ変換によって以下のように与えられます(簡単のため、$x$ 方向の運動のみを考える)。 $t' = \gamma(t - vx/c^2)$

したがって、$\Delta t' = t_B' - t_A' = \gamma(\Delta t - v\Delta x/c^2)$ となります。 ここで、$\Delta t < \Delta x / c$ なので、$c \Delta t < \Delta x$ です。系S'の速度 $v$ を適切に選ぶ(特に、$v > c^2 \Delta t / \Delta x$ かつ $v < c$)と、$v \Delta x / c^2 > \Delta t$ となり、$\Delta t' < 0$ となる可能性があります。

これは、系SではAが原因でBが結果(AからBへ信号が送られた)であるにもかかわらず、系S'ではBが原因でAが結果(BからAへ信号が送られた)に見えるということを意味します。もしこの超光速信号を使って情報を送ることができれば、未来から過去へ情報が送られることになり、因果の鎖が破綻します。例えば、「親殺しのパラドックス」のような時間旅行のパラドックスが理論的に可能になってしまいます。

タキオンと時間旅行の可能性

因果律の破綻は、物理学的に時間旅行(特に過去への旅行)を可能にする一つの経路として考えられがちです。タキオンが存在し、それを用いて情報や物質を過去へ送れるとすれば、それは時間旅行の一形態とみなすことができます。しかし、これはあくまで「もしタキオンが存在し、かつそれが情報伝達に利用可能であるならば」という強い仮定に基づいています。

物理学における主流の見解では、因果律は極めて基本的な原理であり、それが破綻するような現象は自然界には存在しないと考えられています。この考え方を支持するのが、「因果律保護コンジェクチャ」です。これは、どのような物理的状況下でも(たとえ一般相対性理論が許容する閉じた時間的曲線のような構造が存在しても)、因果律を破るような現象は物理法則によって阻止される、という仮説です。タキオンが存在しない、あるいは存在しても情報伝達に利用できない(例えば、場の不安定性によりごく短時間しか存在できない、相互作用が限定的であるなど)ことは、因果律保護メカニズムの一つと考えることができます。

まとめ:タキオンは時間旅行を可能にするか

タキオンという仮説上の超光速粒子は、その理論的な性質から因果律を破り、結果として過去への時間旅行を示唆する可能性を持っています。特殊相対性理論の単純な適用は、超光速粒子による情報伝達が観測者の運動状態によって過去への信号伝達に見えうることを示します。

しかし、タキオンは現在の物理学において実験的証拠がなく、理論的にも虚数質量や場の不安定性といった深刻な問題を抱えています。多くの物理学者は、タキオンが存在しないか、存在しても因果律を破る形では観測・利用できないと考えています。タキオンに関する議論は、特殊相対性理論の限界を探り、因果律という物理学の根幹原理の重要性を再認識させる点で、時間旅行の可能性を物理学的に考察する上で興味深い事例となります。現在の科学的理解に基づけば、タキオンが時間旅行を実現する可能性は極めて低いと言わざるを得ません。